松本潤が医師役に初挑戦する日曜劇場『19番目のカルテ』は、現代日本の医療が抱える深刻な課題を浮き彫りにしています。18もの専門分野に細分化された医療の中で、患者が「たらい回し」にされる現状、そしてその中でいかに「診断がつかないつらさ」を救い出すか。このドラマは、その問いに「総合診療医」という視点から切り込んでいます。
第1話:原因不明の痛みに泣く患者と、現れた19番目の医師

【19番目のカルテ】第一話より
物語の舞台は、地域の中核病院である魚虎総合病院。多くの患者が訪れる一方で、複雑な症状を抱えどの診療科にかかればいいか分からない患者や、各科をたらい回しにされるという課題も抱えています。
第1話の冒頭、視聴者の心に深く突き刺さるのは、全身の痛みを訴える女性患者、黒岩百々(仲里依紗)の苦悩です。整形外科の新米医師・滝野みずき(小芝風花)が診察にあたるものの、検査では異常が見つかりません。わずか10分という短い診察時間で「異常なし」と告げられた百々は、その現状に不満を募らせます。彼女の痛みは身体的なものだけでなく、周囲に理解されないこと、どこにも原因が見つからないことへの精神的な苦痛も伴っていました。
百々がトイレに隠れて涙を流しながら痛み止めを飲む場面は、非常に印象的でした。診断がつかないこと、そしてその痛みを誰にも分かってもらえない孤独感が、彼女を追い詰めていたのです。「この痛みを、どうすればわかってもらえるんだろう…」そんな心の叫びが聞こえてくるかのようでした。
そんな院内に、突如として「総合診療医」を名乗る徳重晃(松本潤)という男が現れます。徳重は、病気だけでなく、患者一人ひとりの生活背景や心の状態にも深く踏み込んでいくスタイルで、従来の医療体制に一石を投じていきます。
彼が百々の前に現れた時、そのまなざしは従来の医師とは異なりました。百々の言葉にならない苦痛に耳を傾け、その背景にあるであろう生活や感情にも思いを巡らせます。そして、これまで「異常なし」とされてきた百々の痛みに、真正面から向き合おうとします。徳重の丁寧な「問診」が、百々にとって、まさに**「救い」**の第一歩となるのです。
専門分化の進む医療と「たらい回し」問題

【19番目のカルテ】診断がつかず他の科にまわそうとする医師
現代医療は、技術の進歩と共に専門性が深まり、臓器別や疾患別に細かく分科してきました。これは、特定の疾患に対して高度な治療を提供できるというメリットがある一方で、患者にとっては「どの科を受診すればいいのか分からない」「複数の症状があるため複数の科を受診しなければならない」といった負担を生んでいます。
黒岩百々のケースは、この「たらい回し」というよりも、診断がつかないがゆえに様々な病院巡りをせざるを得なかったというか。
整形外科では異常なしとされ、身体的にも精神的にも苦痛が伴うにもかかわらず、その根本的な原因や解決策が見つけられない。このような状況は、多くの患者が実際に経験しているものであり、単に病気を治すだけでなく、患者の「人としての苦悩」に寄り添うことの重要性を問いかけています。
総合診療医の必要性:なぜ今、注目されるのか?
このような現状において、「総合診療医」の存在はますます重要性を増しています。総合診療医は、特定の臓器や疾患に限定せず、幅広い知識と経験で患者の全身を診察し、病気だけでなく生活背景や心理的な側面も含めて全人的にアプローチします。まさに、ドラマで松本潤演じる徳重晃が体現しようとしている姿です。
総合診療医の役割は、大きく分けて以下の点が挙げられます。
- 初期診断と適切な専門医への橋渡し: どの専門科にかかればいいか分からない患者に対して、初期段階で適切な診断を行い、必要に応じて最適な専門医へとつなぐ役割を果たします。これにより、「たらい回し」を防ぎ、患者の負担を軽減します。
- 複数の疾患や複雑な症状への対応: 高齢化が進む現代では、複数の慢性疾患を抱える患者が増加しています。総合診療医は、それぞれの疾患の関連性や全体像を把握し、包括的な治療計画を立てることができます。
- 「診断がつかないつらさ」への対応: 検査では異常が見つからないが、患者は身体的な不調を訴え続けるケース。総合診療医は、問診や身体診察を重視し、患者の訴えに耳を傾けることで、隠れた病気や心因性の要因を見つけ出す手がかりを探ります。また、たとえ病名がつかなくても、患者の苦痛を理解し、寄り添うことで精神的なサポートを提供します。
- 地域医療の中核: 地域のかかりつけ医として、住民の健康を継続的に見守り、予防医療や健康相談にも対応します。また、在宅医療や介護との連携も視野に入れ、地域全体で患者を支える体制を構築する上で不可欠な存在です。
健康保険制度と総合診療医:ビジネスとしての可能性

「今の健康保険制度で、総合医療はお金になるの?」
これは気になる問題です。必要でもお金にならなければ残らないからです。
従来の日本の医療制度は、専門医による診療や検査、処置といった「行為」に対して診療報酬が支払われる「出来高払い」が中心でした。このため、時間をかけて丁寧な問診を行い、患者の生活背景にまで踏み込む総合診療医のスタイルは、必ずしも診療報酬に結びつきにくいという課題がありました。検査をせずとも問診で的確な診断を下しても、それが点数として評価されにくいのです。
しかし、近年では、国も総合診療医の重要性を認識し、診療報酬制度の見直しを進めています。例えば、地域包括ケア病棟や在宅医療に関する加算など、総合的な視点での診療を評価する仕組みが導入されつつあります。また、「かかりつけ医機能」を評価する点数など、患者との継続的な関係性を重視する動きも見られます。
総合診療医の診療は、一見すると「お金にならない」ように見えるかもしれませんが、長期的に見れば医療費全体の抑制にもつながる可能性があります。例えば、適切な初期診断により不要な専門医受診や検査を減らしたり、早期の介入により重症化を防いだりすることで、結果的に医療費の増大を防ぐことにも貢献します。さらに、患者の満足度向上や、医療への信頼回復といった「目に見えない価値」も大きいと言えるでしょう。
『19番目のカルテ』が提示する未来

【19番目のカルテ】担当医師と総合診療医の協力
『19番目のカルテ』は、徳重晃という総合診療医の奮闘を通じて、現代医療の課題と、それに対する希望を示しています。病気だけでなく、患者の「診断がつかないつらさ」にまで目を向け、人間としての尊厳を守る医療のあり方を問いかける本作は、私たちに「医療とは何か」を改めて考えさせるきっかけを与えてくれるでしょう。そして、総合診療医が日本の医療において、より重要な役割を担っていく未来への期待を抱かせます。
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